私は、2015年4月に脳動脈瘤の手術を受けています。脳動脈瘤は、持病の多発性嚢胞腎の合併症になります開頭手術になり、8時間かかり…術後に透析をすると半年ほど頭痛に悩まされました2年に一度頭のMRIを受けていましたが、去年は主治医の手違いでMRI後の診察が入っておらず…主治医は休み代診のドクターに診てもらいました☝️なので今年は、例外的に1年後にMRIと診察でした吹き抜けの明るい大学病院ですコロナ対策として、出入口を1ヶ所にしてサーモグラフィで体温チェック、5~6人のチェック, はじめまして、こんにちは。2015年(平成27年)4月は一生のうちで最も忘れられない月になってしまいました。くも膜下出血、脳動脈瘤を発症し幾度かの入院と手術。黄泉の国?から戻ってこられた大変貴重な体験をしたので、当事者としてこのブログに記録を残しておこうと思います。簡単にこれまでの経過等を説明します。●年齢と職業36歳女性、既婚、子1名あり(発症当時小学4年生)。仕事はフルタイムの事務職。忙しい職場。高血圧、糖尿病、動脈硬化等の既往歴なし。喫煙なし。お酒は好き, 2017年の11月、義母がクモ膜下出血で搬送されたと義父からの病院の電話を借りて連絡があった。開頭手術も終え一安心した時に術後脳梗塞を起こし、ヒヤヒヤさせた義母だったけど、リハビリも持ち前の体力で乗り越えてくれた。義母は義父の手を借りながら元の生活に戻ったこともあり、主人は近場の脳外科で、私は通っているS病院でMRAを受けた。祖父も母も脳卒中を起こしている主人に病変が無いか確認する目的だった。人件費削減なんて一番恨まれる仕事の主人の方が何か見つかってもおかしくないと思っていた, 娘たちが小学生だった頃、うちには男の子も女の子も沢山遊びに来ていた。何人来ているのか、わからない程遊びに来る。それでもみんな何らかの習い事の時間になると、ちゃんと帰って行く。中に一人だけ、いつも促さないと帰らないサユリちゃんという女の子がいた。お父さんは日本人、お母さんは海外の方。お母さんは帰国されたまま長く帰って来なく、お父さんが一人で育てられていた。お父さんはお母さんにお金を送る為に、仕事の帰りが遅い家庭の子。家に帰っても一人ぼっちがつまらなくて帰らない。ある時、サユリちゃん, 昨日、今日、息子殿復活して学校へいきました去年の昨日1/12は娘が塾の自習室で突然倒れたあの日でした。19時半過ぎに電話が鳴って…普段なら夕飯の支度で忙しと出ないのですがなぜかあの日はすんなり受話器を取ったのを覚えています。〇〇さんが倒れてしまったので、お迎えに来てくださいとだけ言われ、貧血でひっくり返ったかまったくもぉーってくらいに思って迎えに行ったら、そこには今まで見たこともない娘がいました。瞳孔ががっちり開いて、何の問いかけにも反応せずぐったりとうな垂, 手術が無事終わって何事もなく成功したので、今回の手術のこと公表しますね。確か今年の8月13日。翌日14日につまらないところにできたおできをとるのに、くも膜下麻酔をするというのでかなりビビっていたところに…その手術の前日13日に頭痛がして…いつもなら頭痛くらいほっておくけれど、流石に翌日そんな麻酔して手術するとなると、心配になり…日曜日だったけれど救急で行って、「実は明日こちらで手術なんですけど、頭が痛くて不安になったので来てみました」って診察してもらい…その救急で見てくださったの, 血管造影検査何回受けてもやっぱり慣れません緊張と恐怖呼ばれるまでベットの端で落ち着かず座ってました今回は局所麻酔が痛かったー麻酔が効いて無かった様で最初の切開がめっちゃ痛くて麻酔が追加されました撮影は造影剤を注入すると熱くなって目の裏でスパーク⚡️するのが見えましたそれと血管が圧迫されて痛い感覚もスパーク⚡️するのは目の裏付近の撮影の時だけで他の部位は熱くなるだけでしたやっぱり苦手終了後は先生の腕がプルプルする位の圧迫を25分その後テープで圧迫固定され右, さて今日は胃カメラとEUS(超音波内視鏡)の日。長丁場になりそう。今日の午後の更新は無いかも。検査結果は、今月の入院中に教えて貰える。前回も午前中に検査を受けて、たっぷり麻酔が切れるまで待たされて夕方開放された。先日、アップした写真、普段は痛みも何も無い。大きさが大きさなので、毎年の健康診断で引っ掛かってしまう。治療中のものも、そうで無いものも健康診断では引っ掛かる。胃と胸は、毎年「治療中です」と言っているのに、あたかも健康診断で見つけましたと言わんばかりのレポートが届く。乳が, 麻酔が完全に抜けても、耳の側に室外機が動いているような低くて重たい音が鳴っている。大動脈の止血中で、その日は検査も出来ずに終った。翌日、MRIを受けコイル塞栓術の影響なのか、確認をしたけれどコイルを入れた反対側の脳には関連性は無かった。他県から引抜きで来られた執刀医も、「こんな事例は初めてだ」と慌てていた。聴力検査の結果、周波数の低い部分の聴力が下っていて付いた診断名は感音性低音難聴という、突発性難聴とはまた違う難聴だった。耳鼻咽喉科の所見は、ストレス性に因るもの。この月, みんなの回答を見るあたしが3年前に書いたブログです。3年前の自分へ。1年後には破裂するよ。突然に待った無しに。時々、過去のブログを読み返します。あの時、こんな気持ちだったなーとか、思い出します。ブログ、書いててよかったなと思います。楽しい思い出も、辛い気持ちも、今の自分の支えになってます。, 私の家系は、ものの見事に死因はガン。死亡届には多臓器不全とか肺炎と書かれているけれど、要因となったのは何某かのガンだった。なので乳がんと告知を受けた時も「あ〜、そうですか。」くらいの位置付けで、いつかは私も罹るものと認識していた。脳動脈瘤はテレビでも話題にされるようになって、MRIを撮れば100人に1人は見付かるもので「厄介なモノに当たったなぁ。」くらいの感覚だった。父は心不全を患っているけれど、高齢になれば心機能は低下するものだし、あまり深く思わなかった。自覚があって循環器を訪れた, 今日は紹介状の市○病院まで。私の病気の掛かり付けは、最終的にはいつもここになる。治療の優先順位を考えると、うちよりも市○病院に…と言われてしまうから。掛かった事が無い科は、泌尿器科と産科くらいになってしまった。元の病院の循環器の先生は良い先生だったけれど、結果が二転三転して迷わされてしまった。今まで何度も手術をして来たけれど、やるやらないの判断はいつも即決して来た。脳動脈瘤の時も乳がんの時も、その場で手術を決めた男前の人と笑われる。体の中に爆弾を抱えていたく無かっただけの事。今回, こんにちは。たなかでんき(アトム電器丹南古市店)店主田中徹です。脳動脈瘤手術日記その2お送りします。いよいよ。手術日当日4/20(月)7:30朝食(おかゆ)13:00手術着に着替え13:25ヨメに見送られ車椅子でアンギア室(手術室)へ移動田中満理子♪丹波篠山電器屋ヨメ@biri_denki先程、手術室へ行きました!先生ーーー!徹をどうかよろしくお願いします✨https://t.co/HhT2IXIYcM2020年04月20日13, 今日はちょっと…いや…かなりショックなことが(。-_-。)。。。未破裂脳動脈瘤のカテーテル手術で、昨年末にコイル塞栓術によって埋めていただいて…半年後検診のMRIの結果では、綺麗に埋まってるって言われてたのに…今日一年後検診をしたら…モヤっと埋めたコイルから血液が漏れているように見えるってʕʘ‿ʘʔ。。。う、嘘〜( ̄▽ ̄;)?とりあえず、もっと詳しく見るために、来週検査入院して、また脳のカテーテル検査をすることに(´ー`)。。。あの検査は、造影剤使って撮影する瞬間、頭が焼け焦, 私のブログタイトルは『まりもファイター』になっている。『まりも』については、以前アップしたので割愛するけれど、私の今を表すには『ファイター』がぴったりだった。いつも何でか、切込み隊長の役割。学生時代から、仕事もプライベートも。結婚して、やっと落ち着いて穏やかに生きられるかと思ったら、強烈な義母との戦いの始まり。何があっても『うちの家族最高!』な義母に見下され、かなり背伸びをして義母と戦った。20年経ち、そこそこ嫁姑を勝った気になっていたところに、親たちが相次いで倒れた。あの頃、私も, 『構築の乱れ』と聞いて、どれくらいの人がわかるのかな。私は先月受けた健康診断の結果で初めて知りました。結果が届いたのは10日前。マンモグラフィの検査結果右乳房構築の乱れで要精密検査調べるよね、ネットで。乳腺外科でのマンモグラフィ検査の結果で構築の乱れと出た場合、癌を疑う所見となる。構築の乱れとの結果が出た人たちのブログなどでは、なんでもなかった人、乳がんと宣告された人、それぞれ。私は母が卵巣がんと膀胱がん、脳動脈瘤をやっていて、どれも遺伝性があると聞いているのでそろそろどれかしら, 大変ご無沙汰しております(^^♪たなかでんき(アトム電器丹南古市店)店主田中徹です先日、脳動脈瘤手術を受けるため入院していました3月4日の動脈瘤発見から25日の検査入院までは3/27にヨメ(満理子)が記していますのでその続きを私自身が4回にわたり日記のように書きたいと思いますお読み下さったどなたかのお役に立てれば幸いです3/28(土)カテーテル検査後から太もも周辺に痛みや腫れが続き心配になり受診よくある症状, 「頭も凄く痛いでしょうし眠ってください。」医師は眠らせようと口元に麻酔を近づけてきた。私はこの時、脳の手術と言うものは開頭手術で100%後遺症が残ると思っていて、麻酔をされたら頭を開けられる!!絶対手術させるもんか!と手で麻酔を払い退けていました。手術前の記憶はここまでです。目覚めた時はベッドの上でいろんな管がいろんな所から出ていました。看護師さんに「今日は何月何日かわかりますか?」って聞かれて確か17日の晩ご飯前に運ばれたから「17日ですか?」って答えたら「18日の15時ですよ!, 最近、『芸能人の闘病の告白!』や『タレントを検査したら大変な病が!』的な番組を多く目にする。啓発には良いとは思うけど、少しムズムズする。私のプロフィールを見て頂くと、え?って思う方は多いと思う。実際、人の脚を見ていると下肢静脈瘤になっている人はかなりいる。私は病院に行ったから診断名が付いただけ。手術して翌日に退院して来た。脳動脈瘤だって脳ドックに行けば、100人に1人はいるらしい。その中の一人だっただけのこと。たまたまMRAを受けられたから、見つかっただけ。クロちゃんの脳動脈瘤, 止血の圧迫固定が無事取れました強力粘着テープで固定されていたので剥がす時は痛いです痛い思いをした後に追い討ちをかける様に…今回は思い切ってビッと一気に剥がしてもらいましたその方が私的には痛く無かったからそして検査の結果ですが……やはりくも膜下出血でコイルを詰めた箇所に新たに膨らみが出来ていました再手術した方が良いと言われてしまいました手術時期を延ばしても年内中には手術した方が良いと…悪い方に結果が出てしまいました, (前回の続きです)検査が終わり退院して検査結果発表と今後の治療方針を決める外来診察に行く前までに自分として、そして家族として今後どのような意向でこの病気と向き合っていきたいかきちんと決めてからいく必要があると思っていました。検査室で主治医先生と話しをし検査直後に20分止血をされながら(検査時は動脈に管をさしているので医師自身の手で自ら圧迫して止血します)鎮静剤のまだたっぷりきいた頭で必死に考えていました。とるべき態度は2つのうちどちらかだ。その1後遺症覚悟で, 私のプロフィールを見てもらうと、異常な病歴が載っている。次女を産んだ直後のEVウィルスに掛かってから、病気に敏感になった。あの頃だったから認められた、新生児連れの入院。入院が長引き、産科から感染症内科に移動する時、義母に次女を預けた。産まれたての子の側に居られない不安感。泣きそうになりながら、迎えに行くまで母乳を絞り続けた。義母に次女を預けたら、新生児にハチミツ入りのヨーグルトやキウイとメロンを食べさせていた。赤ちゃんに与えて良い食物かより、栄養価だと言い張った。預けた以上、文句, ただいまカフェにきております。(今週は野球送迎当番なし!)ああやっとブログタイトルらしい記事が書けます!(くも膜下出血や脳動脈瘤の情報が欲しくてここにたどり着いた方には最近勝手に大変申し訳なく思っております…)いちおう健康オタクを自称しているワタシですがこの疾病による一通りの自主的な調査(?)はこの2~3年のうちにめどが立ちましてそれはあますことなく自分の経験や実感を加えてレポートしたつもりです(これでかー)あとは発症後どのように回復しどのように「普通の, 仙台の手相鑑定士☆松本啓(ひろ)です沢山のブログからご訪問いただき感謝します年一検査で市立病院へ予約をしててもマル2時間車中で待機…付き合ってくれたお嬢に新発売のルビーチョコ&苺ロイヤルミルクティを…↓↓右はティラミスラテ↑↑検査結果は変化無し!脳のMRIなので、他にも脳の異常や加齢か, 生き抜くことに価値がある!本当の”幸せ”をみつけましょう!手相鑑定士☆松本 啓(ひろ)が伝授します。. | その脳動脈瘤の検査中に乳がんが見付かり、暮れに手術を受けた。その手術までの間に、父と義父が同時に倒れ入院。トリプル介護の始まりだった。介護が優先で自分のケアが後回し . 今日は、大学病院で脳血管造影検査のため入院。 私は20代の頃、脳外科の急性期と慢性期(現在の回復期)病棟に勤務していたので、脳血管造影検査(アンギオ)の検査には沢山関わっていましたが、自分自身がアンギオを受けるのは、生まれて初めて受けます。 ブログを報告する. とはならなかった未破裂脳動脈瘤3年目フォロー検査結果 ... 診察に向… 2017-03-18 未破裂脳動脈瘤 その14 いろいろ考えた. 未破裂脳動脈瘤を治療するかしないか 治療を決心するまで結構迷… 2017-03-10 未破裂脳動脈瘤 その12 1年後のフォロー検査入院. まりもファイター (ӦvӦ。) 2019年10月09日 00:45. 昨年の脳ドックで「2.3ミリの脳動脈瘤がある。大きくないから経過観察しましょう」という話になった。今年のドックで「変化は見られないが、脳血管狭窄の疑いがあるから、一度造影剤検査をしてみますか?」と勧められ、はいと返事をした。こういうとき絶対noとはいわない。 | 入院はひとりで良いと思ったら、検査の説明には身内の同席が必要との事で改めて姉に来て貰った。私が認知症かとかそういう事ではなく、後で言った言わないにならない為証人として同席者が必要という事なのだと思う。, DSA(digital subtraction angiography)要するに血管撮影, 朝食抜き、手術着に着替え、尿管を入れ、オムツを着け、弾性ストッキングを履き、点滴開始。, 鼠径部に局所麻酔の注射をされ、カテーテルが入る?この辺は説明されてもよく分からなかった。, そのうち左の頬と口の間?が温かい感じになり、医師の声かけで左頭部に稲妻というか線香花火のような光がはしり撮影。それが何度か。どうも研修の医師の練習台にされたらしく、時間はかかるし、造影剤も多く使ったらしい。あからさまには言わないが病室に帰る時、Ns に「長くなってごめんなさいね」とそっと言われた。, 2時間経つと水分を摂っても良いとの事で、Nsにストローで少し飲ませて貰った。問題なかったので、食事OK、おにぎりは自分で食べたが、他は姉の介助だった。, 腰が痛くて大変だった。途中バスタオルで体位変換をして貰ったが、一時的なもので、またすぐ痛くなる。時間の経つのが遅い事!, 6時間後動いて良いとなっても腰が痛くて起き上がれないし、ひとりで下着もはけなかった!その夜は腰が痛くて良く眠れない程で、湿布を貼って貰った。, 6時間より短い時間の時もあって止血が不十分で出血する事もあってこの時間になったらしい。病院も試行錯誤なのかな?, 入院した時は医師はクリッピング術を考えていたらしいが、検査の結果、左目の奥で開頭だと行き着くのが大変らしい。コイル塞栓術もリスクがあるし、再発の可能性がありフォロー検査が必要。リスクは同じ位とは言っていたが、ニュアンスとしては、コイル塞栓術を奨めている感じだった。, 血栓が出来ないよう手術前5日間の服薬期間があり、それを含め15日間位の入院となるとの事だった。, quetzal2013さんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog